犬の僧帽弁閉鎖不全症とは?咳・心雑音・肺水腫のサインと治療法を獣医師が解説

作成:イース動物病院 院長 芹沢和也

犬の僧帽弁閉鎖不全症はどんな病気?

犬の僧帽弁閉鎖不全症は、心臓の中にある「僧帽弁」という弁がうまく閉じなくなり、血液が逆流してしまう病気です。専門的には僧帽弁粘液腫様変性とも呼ばれ、犬で最も多くみられる後天性の心臓病の一つです。特に中高齢の小型犬で多く、健康診断やワクチン接種時の聴診で「心雑音があります」と指摘されて見つかることがあります。

僧帽弁は、左心房と左心室の間にある扉のような役割をしています。この扉が変性して閉まりにくくなると、本来は全身へ送り出される血液の一部が左心房へ逆流します。初期には症状がないことも多いのですが、進行すると心臓が大きくなり、さらに悪化すると肺に水がたまる肺水腫を起こすことがあります。

「心雑音がある=すぐに命に関わる」という意味ではありません。 しかし、心雑音がある犬では、病気がどの段階にあるのかを確認し、治療開始のタイミングを見逃さないことが大切です。

僧帽弁閉鎖不全症が多い犬種と年齢

僧帽弁閉鎖不全症は、どの犬種にも起こり得ますが、一般的には中高齢の小型犬で多く認められます。キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、チワワ、トイ・プードル、マルチーズ、シーズー、ポメラニアン、ヨークシャー・テリア、ミニチュア・ダックスフンドなどでは、特に注意が必要です。

注意したい犬の特徴理由
7歳以上の小型犬加齢に伴って僧帽弁の変性が進みやすくなります。
健診で心雑音を指摘された犬無症状でも病気が始まっている可能性があります。
咳が増えた犬心臓病だけでなく気管・気管支疾患との鑑別が必要です。
寝ている時の呼吸が速い犬肺水腫や心不全の早期サインの可能性があります。
失神・ふらつきがある犬不整脈や肺高血圧などを伴うことがあります。

飼い主様が気づきやすい症状

僧帽弁閉鎖不全症は、初期には元気や食欲が保たれていることが多く、見た目だけでは気づきにくい病気です。進行すると、咳、疲れやすい、散歩の途中で止まる、呼吸が速い、寝ている時に呼吸が荒い、失神、食欲低下、体重減少などがみられます。

特に注意が必要なのは、安静時や睡眠時の呼吸数が増える場合です。肺水腫を起こすと、横になって休むことができない、苦しそうに呼吸する、舌の色が悪い、急にぐったりするなどの緊急症状が出ることがあります。このような場合は、早急な診察が必要です。

ご自宅で確認してほしい「安静時呼吸数」

ご自宅で最も役立つ観察の一つが、寝ている時または静かに休んでいる時の呼吸数です。胸が上下する回数を15秒間数えて4倍すると、1分間の呼吸数を確認できます。

安静時呼吸数の目安考え方
普段と同じで落ち着いている経過観察を続けます。普段の回数を記録しておくことが大切です。
いつもより明らかに多い心不全や呼吸器疾患の可能性があるため、早めの相談をおすすめします。
1分間に40回前後以上が続く肺水腫など緊急性のある状態も考えられるため、速やかな受診が必要です。
呼吸が苦しそう、横になれない緊急受診が必要です。無理に歩かせず、できるだけ安静にしてください。

「咳=心臓病」とは限りません

犬の僧帽弁閉鎖不全症では咳がみられることがありますが、咳の原因が必ず心臓とは限りません。小型犬では、気管虚脱、慢性気管支炎、気管支軟化症、肺炎などの呼吸器疾患もよくみられます。実際に、僧帽弁閉鎖不全症の犬では気管支の問題が併発することもあり、咳の原因を丁寧に分けて考える必要があります。

咳が増えた時に、自己判断で心臓の薬や利尿薬を増やすことはおすすめできません。利尿薬は肺水腫には重要な薬ですが、必要以上に使うと脱水や腎機能悪化につながる可能性があります。咳の原因を確認するためには、聴診、胸部レントゲン検査、心臓超音波検査などを組み合わせて評価します。

診断に必要な検査

僧帽弁閉鎖不全症では、単に「心雑音があるか」だけでなく、心臓がどの程度大きくなっているか、肺水腫があるか、肺高血圧や不整脈を伴っていないかを確認することが重要です。治療開始のタイミングは病期によって変わるため、検査によって現在の状態を正確に把握します。

検査わかることなぜ必要か
聴診心雑音、不整脈、肺の音心臓病を疑う入口になります。
胸部レントゲン検査心臓の大きさ、肺水腫、気管・気管支の状態咳や呼吸異常の原因を見分けるために重要です。
心臓超音波検査逆流の程度、左心房・左心室の大きさ、肺高血圧の有無病期判定と治療開始判断の中心になる検査です。
血圧測定高血圧や低血圧の有無心臓への負担や薬の安全性を確認します。
血液検査・尿検査腎機能、電解質、肝機能、貧血など利尿薬や心臓薬を安全に使うために必要です。
心電図不整脈失神やふらつきがある場合に特に重要です。

近年は、レントゲン画像から左心房の大きさを評価する方法も研究されており、予後評価の補助になる可能性が報告されています。ただし、最終的な病期判定や治療判断では、心臓超音波検査を含めた総合的な評価が重要です。

病期ごとの治療方針

犬の僧帽弁閉鎖不全症では、病気の進行段階に応じて治療方針が変わります。国際的なガイドラインでは、リスクがあるだけの段階、心雑音はあるが心拡大がない段階、心拡大がある段階、心不全を起こした段階、治療に反応しにくい段階に分けて考えます。

病期状態主な方針
Stage A好発犬種など、将来リスクがあるが異常はない定期健診で早期発見を目指します。
Stage B1心雑音や逆流はあるが、明らかな心拡大はない定期検査を行い、進行を見逃さないようにします。
Stage B2症状はないが、心臓が大きくなっている心不全発症を遅らせるため、治療開始を検討します。
Stage C肺水腫などの心不全を起こした、または過去に起こした内服治療を継続し、再発予防を行います。
Stage D標準治療でも心不全を抑えにくい薬の調整、専門治療、生活の質を重視した管理を検討します。

Stage B1:心雑音はあるが心拡大がない段階

Stage B1では、基本的にすぐ薬を始めるよりも、定期的な再検査で進行を確認することが重要です。心雑音の強さ、犬種、年齢、レントゲンや超音波の所見によって検査間隔を決めます。無症状でも、心臓の大きさが変化していないかを確認することで、治療開始のタイミングを逃しにくくなります。

Stage B2:症状がなくても治療を始める意味がある段階

Stage B2は、咳や呼吸困難などの明らかな症状はないものの、左心房や左心室の拡大が確認される段階です。この段階では、ピモベンダンという薬の開始が推奨されます。大規模臨床試験であるEPIC試験では、心拡大を伴う無症状の犬にピモベンダンを投与することで、心不全または心臓関連死までの期間が延長したことが示されています。

「元気なのに薬を始めるのですか」と心配される飼い主様は少なくありません。しかし、Stage B2では症状が出る前から心臓への負担が進んでいるため、将来の肺水腫や心不全を遅らせる目的で治療を開始する意義があります。

Stage C:肺水腫など心不全を起こした段階

Stage Cでは、肺水腫などのうっ血性心不全を起こしている、または過去に起こした状態です。急性期には酸素投与や利尿薬などによる緊急治療が必要になることがあります。安定後は、利尿薬、ピモベンダン、必要に応じてアンジオテンシン変換酵素阻害薬、スピロノラクトンなどを組み合わせて再発を防ぎます。

この段階では、薬を飲ませるだけでなく、安静時呼吸数、食欲、体重、腎機能、電解質を定期的に確認しながら薬の量を調整します。心不全の再発を早期に見つけるためにも、ご自宅での呼吸数記録が非常に重要です。

予後はどのくらい?重症度によって大きく変わります

僧帽弁閉鎖不全症の予後は、病期、心臓の大きさ、肺水腫の有無、肺高血圧、不整脈、腎機能、体重減少、治療への反応によって大きく変わります。心雑音だけで長く安定する犬もいますが、心拡大が進む犬や肺水腫を起こした犬では、より慎重な管理が必要です。

特に重要なのは、左心房や左心室の拡大の程度です。心臓の拡大が強いほど、心不全や死亡リスクが高くなる傾向があります。また、肺高血圧を伴う場合は失神や呼吸困難が起こりやすく、予後にも影響します。

予後に関わる要素どう影響するか対応
心臓の拡大拡大が強いほど心不全リスクが上がります。定期的なレントゲン・超音波検査で確認します。
肺水腫の既往再発リスクがあり、生涯管理が必要です。安静時呼吸数の記録と内服継続が重要です。
肺高血圧失神や呼吸困難、予後悪化に関係します。超音波検査で評価し、必要に応じて治療を調整します。
腎機能利尿薬の使い方に影響します。血液検査で安全性を確認します。
体重減少・食欲低下全身状態の悪化を示すことがあります。食事内容、薬の副作用、心不全の進行を見直します。

近年の研究では、Stage B2であっても左心房の拡大が強い犬では、すでに心不全を起こした犬に近い慎重な管理が必要になる可能性が示されています。つまり、「症状があるかどうか」だけでなく、「心臓がどのくらい変化しているか」を定期的に確認することが予後を考えるうえで大切です。

受診をおすすめするタイミング

以下のような様子がある場合は、早めの診察をおすすめします。特に呼吸が苦しそうな場合や、安静時呼吸数が急に増えた場合は、肺水腫など緊急性のある状態も考えられます。

受診を考えるサイン緊急度の目安
健診で心雑音を指摘された早めに心臓評価をおすすめします。
咳が増えた、夜間や明け方に咳をする心臓と呼吸器の両方を確認します。
散歩を嫌がる、疲れやすい心不全や他疾患の評価が必要です。
寝ている時の呼吸が速い早めの受診をおすすめします。
呼吸が苦しそう、横になれない緊急受診が必要です。
失神、急なふらつき不整脈や肺高血圧の評価が必要です。
食欲低下、体重減少心不全の進行や薬の影響も含めて確認します。

イース動物病院で大切にしている診療の進め方

イース動物病院では、僧帽弁閉鎖不全症を「心雑音があるから薬を出す」という単純な流れではなく、現在の病期を確認し、治療が必要なタイミングを見極めることを重視しています。心臓病は長く付き合う病気だからこそ、飼い主様がご自宅で観察できるポイントを共有し、検査結果をわかりやすく説明しながら治療方針を決めていくことが大切です。

心臓病の治療では、薬の種類だけでなく、腎機能、血圧、食欲、体重、生活の質を総合的に見ながら調整する必要があります。咳が残っている場合には、心不全だけでなく気管や気管支の病気も確認し、不要な薬の増量を避けることも重要です。

当院での一般的な流れ

来院時の状況診療の進め方
心雑音を初めて指摘された聴診、胸部レントゲン、心臓超音波検査などで病期を確認します。
すでに心臓病の薬を飲んでいる現在の薬が合っているか、腎機能や心臓サイズを確認します。
咳が増えた心不全の悪化か、呼吸器疾患かを検査で見分けます。
呼吸が速い・苦しそう肺水腫の有無を優先して確認し、必要に応じて緊急対応します。
定期検査を希望心臓の大きさ、血液検査、呼吸数記録をもとに管理方針を調整します。

まとめ:心雑音を指摘されたら、症状がなくても一度ご相談ください

犬の僧帽弁閉鎖不全症は、中高齢の小型犬に多い心臓病です。初期には症状がないことも多い一方で、心臓の拡大が進むと肺水腫や心不全につながることがあります。大切なのは、心雑音をきっかけに現在の病期を確認し、治療が必要なタイミングを逃さないことです。

咳、呼吸が速い、疲れやすい、失神、食欲低下などがある場合はもちろん、健康診断で心雑音を指摘された場合も、早めにご相談ください。イース動物病院では、検査結果とご家庭での様子を合わせて、犬の状態に合った治療と定期管理をご提案します。

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