【獣医師解説】犬の副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)とは?症状・診断・最新治療と予後を徹底解説
執筆:イース動物病院 院長 芹沢和也(獣医師)
はじめに
こんにちは。イース動物病院、院長の芹沢和也です。
日々の診療の中で、「最近、うちの子の水を飲む量が増えた」「お腹がぽっこり膨らんできた」「毛が薄くなってきた」といったご相談を受けることが少なくありません。こうした変化は「年のせいかな」と見過ごされがちですが、実は副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)というホルモンの病気のサインである可能性があります。
クッシング症候群は、犬の内分泌疾患(ホルモンの病気)のなかでも特に遭遇頻度が高く、推定で1,000頭に1〜2頭の割合で発症するとされています 。中高齢の犬に多く見られ、放置すると糖尿病・高血圧・血栓症などの深刻な合併症を引き起こす恐れがあります。しかし、適切に診断し、最新の知見に基づいた治療を行えば、愛犬の生活の質(QOL)を良好に保ちながら天寿を全うさせることが十分に可能です。
今回は、世界的な獣医学のガイドラインや最新の論文エビデンス(科学的根拠)に基づき、飼い主の皆様にもわかりやすくこの疾患を解説いたします。
1. 副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)とは?
クッシング症候群とは、腎臓のそばにある「副腎(ふくじん)」という小さな臓器から、「コルチゾール」というホルモンが過剰に分泌され続けることで引き起こされる全身性の内分泌疾患です。コルチゾールは、本来ストレスに対処したり、血糖値を維持したりするために不可欠なホルモンですが、慢性的に過剰になると体の各組織に多大な悪影響を及ぼします 。
犬のクッシング症候群は、原因によって大きく以下の2つに分類されます。
| 分類 | 割合 | 原因 | 好発犬種 |
| 下垂体依存性(PDH) | 約80〜85% | 脳の下垂体に腺腫(良性腫瘍)ができ、副腎刺激ホルモン(ACTH)を過剰分泌 | プードル、ダックスフント、ボストンテリア、ヨークシャーテリアなど小型犬 |
| 副腎腫瘍性(ADH) | 約15〜20% | 副腎そのものに腫瘍(良性または悪性)ができ、コルチゾールを自律的に過剰分泌 | 中型〜大型犬にも見られる(体重中央値18〜20 kg) |
なお、外用・内用のステロイド薬を長期間使用することで同様の症状が現れる「医原性クッシング症候群」も存在します。この場合は薬の量を徐々に減らすことが治療の基本となります 。
2. 臨床兆候:飼い主様が気づくサインから重篤な症状まで
コルチゾールが過剰になることで、全身にさまざまな症状が現れます。初期は「老化現象」と混同されやすいため、注意が必要です 。
初期によく見られる症状
多飲多尿(たいんたにょう)は最も典型的な初期症状です。水をがぶ飲みし、尿の量が著しく増えます。夜中におしっこに起きたり、室内で粗相をするようになることがあります。これは、コルチゾールが腎臓での水の再吸収を阻害するためです。
多食(たしょく)も特徴的な症状のひとつです。食欲が異常に増し、盗み食いやゴミ箱漁りをするようになることがあります。
腹部膨満(ポットベリー)は、お腹の筋肉が萎縮し、内臓脂肪が蓄積することで、お腹がぽっこりと垂れ下がったような体型になる状態です。肝臓の腫大(肝腫大)も加わり、外見上の変化として飼い主様が気づきやすい症状です。
パンティング(あえぎ呼吸)は、暑くもないのにハアハアと息をする状態で、犬に特有の症状です。
進行時の症状・皮膚の異常
進行すると、皮膚や被毛に顕著な変化が現れます。
•左右対称性脱毛:頭や四肢の先端を残し、体の両側が左右対称に薄毛になります。
•皮膚の菲薄化(ひはくか):皮膚が紙のように薄くなり、血管が透けて見えたり、傷つきやすくなったりします。
•色素沈着:皮膚が黒ずんできます。
•皮膚石灰沈着症(カルチノーシス・クチス):皮膚にカルシウムが沈着し、硬いしこりやフケ、かさぶたができます。これは犬に特有の症状であり、重症度の指標ともなります 。
•筋肉の萎縮と筋力低下:後肢が弱くなり、立ち上がりや階段の昇降が困難になることがあります。
重篤な合併症
放置すると、免疫力が低下し、膀胱炎や皮膚炎などの感染症を繰り返しやすくなります 。また、以下のような重篤な合併症を引き起こすリスクが高まります 。
•糖尿病:コルチゾールがインスリンの働きを妨げるため、血糖値が上昇します。
•高血圧:犬のクッシング症候群では高頻度で高血圧が認められ、腎臓や眼への障害を引き起こします。
•肺血栓塞栓症:血液が固まりやすくなることで、肺の血管が詰まる命に関わる病気です。
•胆嚢粘液嚢腫:胆嚢内に粘液が貯留し、破裂すると腹膜炎を引き起こします。
3. 鑑別疾患:似た症状を示す他の病気との見極め
多飲多尿や脱毛といった症状は、クッシング症候群だけに特有のものではありません。そのため、他の病気ではないかを論理的に見極める「鑑別診断」が非常に重要です 。
| 疾患名 | 共通する症状 | クッシング症候群との違い |
| 糖尿病 | 多飲多尿、多食 | 体重が減少する。クッシング症候群の合併症として発症することもある |
| 甲状腺機能低下症 | 脱毛、肥満、無気力 | 多飲多尿は通常見られない。コレステロール値が上昇する |
| 慢性腎臓病 | 多飲多尿 | 食欲が低下することが多い。BUN・クレアチニンが上昇する |
| 肝疾患 | 多飲多尿、腹部膨満 | ALPが上昇するが、クッシング特有の皮膚症状は通常ない |
| アジソン病(副腎皮質機能低下症) | 無気力、食欲低下 | コルチゾールが不足する正反対の病気。電解質異常が特徴的 |
これらの病気を正確に見分けるため、そして合併症の有無を確認するために、順序立てた検査が必要不可欠となります。
4. 検査と診断アプローチ
クッシング症候群の診断は、「この検査を一つやれば確定する」というものではありません。アメリカ動物病院協会(AAHA)の2023年ガイドラインや国際獣医内科学会(ACVIM)のコンセンサスステートメントに基づき、複数の検査を組み合わせて総合的に判断します 。
身体検査のポイント
まずは、お腹の張り具合(ポットベリー)、皮膚の薄さ・弾力の低下、脱毛のパターン(左右対称性)、筋肉の萎縮、皮膚石灰沈着の有無などを触診・視診で丁寧に確認します。また、血圧の測定も重要です。
一次検査(スクリーニング)
血液検査では、クッシング症候群の犬に特徴的な所見として、肝臓の酵素であるALP(アルカリフォスファターゼ)の著明な上昇が見られます。これは犬に特有のコルチコステロイド誘導性ALP(C-ALP)というアイソザイムが誘導されるためです 。加えて、ALT上昇、高コレステロール血症、高血糖なども認められます。
尿検査では、尿の濃さ(尿比重)の低下(希釈尿)、タンパク尿、細菌感染の有無を確認します。
X線(レントゲン)検査では、肝臓の腫大、副腎の石灰化、肺の状態(血栓の有無)を確認します。
腹部超音波(エコー)検査は、左右の副腎の大きさを測定するうえで非常に重要です。両方の副腎が腫大していれば下垂体依存性(PDH)を、片方だけが腫瘍化し、もう片方が萎縮していれば副腎腫瘍性(ADH)を強く疑います 。
二次検査(内分泌機能検査・確定診断)
クッシング症候群であることを確定するための特殊なホルモン検査です 。
尿中コルチゾール/クレアチニン比(UCCR)は、ご自宅でリラックスした状態で採尿していただく検査です。感度(病気を見つける能力)が高く、この数値が正常であれば、クッシング症候群をほぼ否定できます(除外診断に優れています)。ただし、ストレスや他の病気でも上昇するため、陽性の場合はさらなる検査が必要です。
低用量デキサメタゾン抑制試験(LDDST)は、クッシング症候群のスクリーニング検査として最も推奨されている検査です。デキサメタゾンというステロイド剤を注射し、8時間後のコルチゾール値を測定します。健康な犬ではコルチゾールが抑制されますが、クッシング症候群の犬では抑制されません 。さらに、3〜4時間後に一時的に抑制され、8時間後に「逸脱(エスケープ)」するパターンが見られれば、下垂体依存性(PDH)の確定診断となります。
ACTH刺激試験は、合成ACTH(副腎を刺激するホルモン)を注射し、前後のコルチゾール値を測定します。診断だけでなく、トリロスタン等の治療薬の効き目をモニタリングする際にも使用します 。
これらの検査結果とエコー検査の所見を組み合わせることで、PDHかADHかを特定し、最適な治療法を決定します。
5. 治療の提案:最新エビデンスに基づくアプローチ
治療の目的は、過剰なコルチゾール分泌を抑え、臨床症状を改善し、合併症を防ぐことで、愛犬のQOLを向上させることです 。
最新エビデンスに基づく標準治療
現在、世界的に最も標準的かつ推奨されているお薬はトリロスタンです 。トリロスタンは、副腎でコルチゾールが作られる過程に関わる酵素(3β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素)を競合的に阻害することで、コルチゾールの産生を抑えます。下垂体依存性(PDH)と副腎腫瘍性(ADH)のどちらにも有効です 。
かつてはミトタンという、副腎の細胞を直接破壊する薬が使われていましたが、副作用のリスクが高く管理が難しいことが課題でした。2025年のシステマティックレビュー(系統的文献調査)とメタ解析では、36ヶ月時点の生存率においてトリロスタンがミトタンより11%高い(p = 0.005)という結果が示されており、トリロスタンが長期生存においてより優れた可能性が示唆されています 。
当院(イース動物病院)での推奨プロトコル
最新の研究および2023年のAAHAガイドラインに基づき、当院では以下のプロトコルを推奨しています 。
1. 低用量トリロスタンの1日2回投与
初期投与量は0.2〜1.1 mg/kg(1日2回、食事と一緒に)から開始します。従来の1日1回投与よりも、1日2回に分けることでホルモン値の変動が少なくなり、より安定した症状コントロールが可能です。2022年のスペインの研究では、この低用量1日2回投与プロトコルで治療された犬の生存期間の中央値は998日(約2.7年)と報告されており、従来の報告よりも良好な結果が示されています 。
2. 定期的なモニタリング
投与開始後2〜4週間後に最初の再診を行い、ACTH刺激試験(または投与前コルチゾール値の測定)と血液検査を実施します。その後は3ヶ月ごとを目安に定期検査を行い、お薬の量を微調整します。
3. 合併症の管理
高血圧が認められる場合は降圧薬(アムロジピン等)を、膀胱炎が認められる場合は抗菌薬を適切に使用します。
内科的治療と外科的治療の適応
副腎腫瘍性(ADH)の場合、腫瘍が他の臓器に転移しておらず、手術で取り切れると判断された場合は、副腎摘出術が根治療法(完治を目指す治療)となります 。ただし、大血管(後大静脈など)に浸潤している場合は手術リスクが高まります。手術が難しい場合や飼い主様が手術を希望されない場合は、トリロスタン等による内科的治療を行います 。
下垂体依存性(PDH)の場合、一部の高度医療施設では、脳の下垂体腫瘍を摘出する手術(経蝶形骨洞下垂体摘出術)や放射線治療が行われることもあります。手術の2年生存率は75%以上と報告されていますが、術後は生涯にわたるホルモン補充療法が必要です 。
6. 予後:治療の見通しとQOLの維持
治療反応性・生存期間の統計データ
適切な内科的治療を行った場合、下垂体依存性(PDH)の犬の生存期間に関するデータは以下のとおりです。
| 治療法 | 生存期間の中央値 | 出典 |
| トリロスタン(低用量・1日2回) | 998日(約2.7年) | García San José et al., 2022 |
| トリロスタン(従来量・1日1〜2回) | 549〜930日(約1.5〜2.5年) | 複数の研究 |
| ミトタン | 662日(約1.8年) | Barker et al., 2005 |
| 副腎腫瘍性(ADH)の内科的治療 | 約14〜15ヶ月 | Arenas et al., 2014 |
| 副腎腫瘍性(ADH)の外科的治療 | 1.5〜4年 | 複数の研究 |
なお、治療を行わない場合でも生存期間の中央値は約2年と報告されていますが、治療を行うことで症状が大幅に改善し、QOLが向上します 。
予後を左右する因子
ポジティブな因子(良い見通し)として、早期発見・早期治療、適切なお薬でのコントロール、良好な体格(ボディコンディションスコア)が挙げられます。
ネガティブな因子(悪い見通し)として、以下が報告されています 。
•診断時の年齢が高いこと(年齢が上がるほど死亡リスクが上昇)
•重度の皮膚石灰沈着症(カルチノーシス・クチス)の存在
•極度の痩せ(ボディコンディションスコア≦3/9)
•血小板数が高いこと(血栓リスクの上昇)
•副腎腫瘍の場合、腫瘍の悪性度・転移の有無
なお、高血圧自体は直接的な死亡リスクの上昇にはつながらないとする研究もあります 。
ご自宅でのケアとQOLの維持
クッシング症候群は、お薬を飲み続けることで「うまく付き合っていく」慢性疾患です。飼い主様のご協力が治療の成否を大きく左右します。
水分摂取量とおしっこの量のチェックは、お薬が効いているかどうかの最もわかりやすい指標です。治療が奏効すると、多飲多尿が改善されてきます。
定期的な通院と検査は絶対に欠かせません。トリロスタンの効きすぎ(コルチゾールが低くなりすぎる「副腎皮質機能低下症(アジソン病様状態)」)を防ぐため、定期的な血液検査とACTH刺激試験が必要です 。
食事管理では、筋肉量の維持のために良質なタンパク質を含む食事が推奨されます。高脂血症がある場合は、脂質の少ない食事への変更も検討します。
運動は、筋肉量の維持とQOL向上のために、体力に合わせた適度な散歩を継続することが大切です。
7. まとめと受診のご案内
犬の副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)は、決して治らない恐ろしいだけの病気ではありません。多飲多尿や脱毛といったサインを見逃さず、早期に診断し、最新のエビデンスに基づいた治療(低用量トリロスタンの1日2回投与など)を行うことで、愛犬はこれまでと変わらない穏やかで幸せな日々を長く過ごすことができます。
「最近、うちの子お水ばかり飲んでいるな」「お腹が張ってきたな」「毛が薄くなってきた」と少しでも気になることがあれば、それは老化ではなく病気のサインかもしれません。ぜひお早めにイース動物病院までご相談ください。私たち獣医療チームが、飼い主様と愛犬に寄り添い、最適な検査と治療をご提案いたします。
