猫の乳腺にしこりが見つかったら|乳腺腫瘍で考える病気・検査・治療・予後を獣医師が解説

作成:イース動物病院 院長 芹沢和也

猫の乳腺に「しこりかもしれない」と気づかれた飼い主様

猫ちゃんのお腹を撫でているときや、抱っこをしたときに、乳腺のあたりに「硬いしこり」「ポツッとした塊」を見つけると、多くの飼い主様は強い不安を感じられると思います。特に高齢の猫では、「もし悪性のがんだったらどうしよう」「高齢だから手術は無理なのではないか」と考えてしまう方も少なくありません。

しかし、猫の乳腺にしこりが見つかった場合でも、すぐに一つの病気に決めつけることはできません。乳腺そのものから発生する乳腺腫瘍だけでなく、若い猫に見られる乳腺線維腺腫性過形成(乳腺肥大)、細菌感染による乳腺炎、あるいは皮膚にできた別の腫瘍(脂肪腫や肥満細胞腫など)が似た見え方をするためです。

特に重要なのは、猫の乳腺腫瘍は犬と異なり、約85〜95%が悪性(がん)であるという事実です 。非常に進行が早く、リンパ節や肺へ転移しやすい特徴があります。

しかし、しこりが2cm未満の小さな段階で発見し、転移がない状態で「両側乳腺全摘出術」を行えれば、年単位での長期生存が十分に期待できます 。一方、しこりが3cmを超えたり、転移が広がってからでは、手術単独での根治は難しくなり、抗がん剤などの全身治療が中心となります。

この記事では、猫の乳腺腫瘍で考えるべき鑑別疾患、検査の進め方、治療選択肢、予後の見方、そして受診のタイミングを、飼い主様にわかりやすく解説します。

猫の乳腺腫瘍とは何か

乳腺にできる「しこり」がすべて腫瘍とは限りません

動物病院で「乳腺にしこり(腫瘤)があります」と説明された場合、それは触診や画像検査上、通常とは異なるかたまりがあるという意味です。しこりが必ずしも悪性腫瘍であるとは限りません。乳腺炎による炎症や膿、若い猫特有のホルモン性の腫れ(乳腺肥大)なども、しこりや腫れとして触れることがあります。

一方で、「腫瘍」という言葉は、細胞が異常に増殖してできた病変を指します。腫瘍には良性と悪性がありますが、猫の乳腺に見つかる腫瘍では、圧倒的に悪性(乳腺癌)が多く、これが最も重要な鑑別になります。

猫の乳腺腫瘍で多い病気

猫の乳腺腫瘍は、皮膚腫瘍やリンパ腫に次いで3番目に多い腫瘍であり、全腫瘍の約17%を占めます 。発症年齢は主に10〜12歳の中高齢のメス猫で、特に避妊手術をしていないメス猫は、避妊済みの猫に比べて約7倍の発症リスクがあるとされています 。

猫の乳腺腫瘍の最大の特徴は、約60%のケースで複数の乳腺に同時に発生する(多発性)ことです 。また、進行するとしこりの表面の皮膚が赤くなったり、破れて出血や膿が出たり(自壊)することがあります 。

乳腺に見つかる主な病気

病気特徴治療の方向性
乳腺腫瘍(悪性・乳腺癌)猫の乳腺のしこりの約9割を占めます。硬く、多発することが多いです。両側乳腺全摘出術などの外科手術、必要に応じた抗がん剤治療。
乳腺線維腺腫性過形成(乳腺肥大)若い未避妊のメス猫に見られる、良性の急激な腫れです。避妊手術や、原因となるホルモン製剤の投与中止を検討します。
乳腺炎細菌感染などによる炎症で、発熱や痛みを伴います。抗菌薬の投与、必要に応じた排膿を行います。
皮膚・皮下の別の腫瘍脂肪腫や肥満細胞腫など、乳腺付近の皮膚にできた別の腫瘍です。細胞診で種類を特定し、腫瘍に合わせた切除などを検討します。
炎症性乳腺癌乳腺が急激に腫れ、熱感・発赤を伴う非常に予後不良な病型です 。手術が適応外となることが多く、緩和治療や内科治療が中心です。

乳腺のしこりで特に考える鑑別疾患

悪性乳腺腫瘍(乳腺癌)

猫の乳腺にしこりが見つかった場合、まず重要になるのが悪性の乳腺腫瘍(乳腺癌)です。猫では良性の乳腺腫瘍は非常に少なく、しこりの約9割が悪性と考えなければなりません。

乳腺癌が疑われる場合に大切なのは、しこりの大きさ(2cm未満か、3cm以上か)、鼠径部や腋窩のリンパ節に転移していないか、肺や腹腔内の臓器に転移していないかを確認することです。これらがクリアになれば、外科手術(両側乳腺全摘出術)が根治的な治療選択肢になります。

乳腺線維腺腫性過形成(乳腺肥大)

若い未避妊のメス猫や、妊娠中の猫、あるいはプロゲステロン(黄体ホルモン)製剤を投与された猫で、乳腺が急激に大きく腫れ上がる病気です。見た目は非常に派手で驚かれますが、良性の変化です。

この場合、治療の中心は避妊手術を行うことや、原因となっているホルモン製剤を中止することです。手術で乳腺をすべて切り取る必要はありません。

乳腺炎

出産後の授乳期の猫や、偽妊娠の猫などで見られる、乳腺の細菌感染や炎症です。乳腺が熱を持ち、赤く腫れ、触ると強い痛みを伴います。発熱や元気消失が見られることもあります。

炎症性疾患であれば、抗菌薬による治療で改善します。反対に、非常に悪性度の高い「炎症性乳腺癌」と見間違えやすいため、抗菌薬への反応や細胞診で慎重に鑑別する必要があります。

猫の乳腺腫瘍でみられる症状

初期は「小さなしこり」だけで無症状のことが多いです

猫の乳腺腫瘍は、初期には痛みや体調不良などの目立った症状がありません。飼い主様が抱っこをしたときや、お腹を撫でたときに、偶然「BB弾のような硬いしこり」として見つかることがほとんどです。

特に猫は体調不良を隠す傾向があり、しこりが大きくなって自壊(皮膚が破れる)したり、肺に転移して呼吸が苦しくなったりして初めて、元気や食欲の低下に気づくケースも少なくありません。

飼い主様が気づきやすい症状

乳腺腫瘍でみられる症状は、腫瘍そのものによる局所の症状と、転移や進行による全身症状に分けて考えると理解しやすくなります。

症状考えられる理由
お腹・胸の硬いしこり乳腺に腫瘍が形成されています。複数あることも多いです。
しこりからの出血・膿(自壊)腫瘍が大きくなり、皮膚を突き破って炎症や感染を起こしています。
乳腺全体の急激な腫れ・赤み炎症性乳腺癌、または重度の乳腺炎の可能性があります。
呼吸が早い・苦しそう腫瘍が肺に転移し、肺の機能が低下しているサインです。
体重減少・食欲低下腫瘍の進行による消耗、転移、痛みなどが関係します。
元気がない・動かない貧血、痛み、腫瘍の進行が関係します。

診断のために行う検査

まず全身状態としこりの性質を確認します

乳腺にしこりが見つかった場合、最初に確認すべきことは、それが本当に腫瘍なのか、そして猫が現在どの程度治療(手術や麻酔)に耐えられる状態にあるかです。

血液検査では、全身の健康状態や内臓機能、麻酔のリスクを評価します。特に高齢猫では、慢性腎臓病などを併発していることがあるため重要です。

細胞診(FNA)

FNA細胞診は、細い針をしこりに刺して細胞を採取し、顕微鏡で確認する検査です。麻酔は不要で、猫の乳腺腫瘍では犬よりも診断の信頼性が高いとされています 。これで悪性腫瘍(癌)の疑いが強いか、あるいは乳腺炎や良性の病変かを鑑別します。

胸部レントゲン検査

乳腺腫瘍は肺に転移しやすいため、胸部レントゲン検査(3方向)は必須です。肺転移は粟粒状の陰影として現れることがあります 。

腹部超音波検査

腹腔内リンパ節や、肝臓・脾臓などの臓器への転移を確認します。また、手術前に腎臓などの状態を詳しく評価するのにも役立ちます。

組織検査(病理組織学的検査)

確定診断には、手術で摘出した腫瘍の組織検査が最も重要です。病理検査によって、腫瘍の正確な種類、悪性度(グレード)、リンパ管や血管への浸潤の有無、完全切除できたかどうかを評価します。これが確定診断の「ゴールドスタンダード」であり、術後の追加治療の必要性や予後の判定に直結します 。

治療方法

治療は「腫瘍の進行度(ステージ)」で大きく変わります

猫の乳腺腫瘍では、腫瘍の大きさ、リンパ節転移の有無、遠隔転移の有無(TNM分類)を総合して治療方針を決めます。

状況主な治療方針判断のポイント
転移がなく、手術可能な状態両側乳腺全摘出術を強く推奨します。根治または再発までの期間の大幅な延長を目指します。
リンパ節に転移がある、または悪性度が高い手術+抗がん剤治療を検討します。手術で目に見える腫瘍を取り除き、抗がん剤で目に見えないがん細胞を叩きます。
肺などに遠隔転移がある、全身状態が悪い緩和治療を中心に検討します。苦痛を減らし、生活の質を守ることを重視します。
炎症性乳腺癌と診断された緩和治療・内科治療を検討します。手術の刺激で悪化することが多いため、手術は通常推奨されません。

外科手術(両側乳腺全摘出術)

猫の乳腺腫瘍の第一選択は外科手術です。そして、腫瘍の大きさや数にかかわらず、最も推奨されるのは「両側乳腺全摘出術」(左右すべての乳腺と関連するリンパ節を摘出する手術)です。

2018年の研究では、両側乳腺全摘出術を行った猫の無増悪生存期間(再発しない期間)の中央値は542日、疾患特異的生存期間は917日であり、片側切除(289日/566日)や部分切除(216日)と比べて、明らかに予後が良いことが示されています 。

段階的両側切除の推奨

一度に両側を切除すると皮膚が突っ張って傷口が開く(創傷離開)などの合併症リスクが高まるため、当院では2〜3週間の間隔をあけて片側ずつ2回に分けて手術を行う「段階的両側切除」を推奨しています 。これにより、猫ちゃんの負担と合併症のリスクを大幅に減らすことができます。

抗がん剤治療・分子標的薬

手術後の病理検査で、悪性度が高い(グレードIII)、リンパ管に浸潤している、あるいはすでにリンパ節転移がある場合は、再発・転移を抑えるためにドキソルビシンなどの抗がん剤治療を検討します 。

また、進行した乳腺腫瘍に対しては、分子標的薬「トセラニブ(パラディア)」が約65%の症例で腫瘍の縮小や安定化に効果を示したという最新の報告(2024年)もあります 。

緩和治療

肺への転移が広がっている場合や、高齢で麻酔リスクが極めて高い場合には、緩和治療を中心に考えます。

緩和治療は「何もしない」ことではありません。自壊して出血や悪臭を放つ腫瘍をケアし、痛みを取り除き、食欲を支えることで、猫ができるだけ穏やかに過ごせる時間を増やす大切な治療です。

予後:猫の乳腺腫瘍はどのくらい生きられるのか

予後は「しこりの大きさ」で大きく変わります

猫の乳腺腫瘍の予後は、発見時の腫瘍の大きさに最も強く影響されます。

•2cm未満:早期に手術できれば予後良好で、生存期間3年以上の報告もあります 。

•2〜3cm:手術後の生存期間は1〜2年程度が目安となります。

•3cm超:すでに転移しているリスクが高く、手術後の無病生存期間は4〜6ヶ月程度に短縮します 。

腫瘍サイズ以外の予後因子

腫瘍の大きさ以外にも、以下の要素が予後に影響します。

予後因子良い方向に働く条件注意が必要な条件
リンパ節転移転移なし(生存中央値約13.3ヶ月)転移あり(生存中央値約7.7ヶ月)
悪性度(グレード)グレードI(進行が遅い)グレードIII(死亡リスクが約9.9倍)
リンパ管・血管浸潤浸潤なし浸潤あり(死亡リスクが約2.8倍)
皮膚の自壊自壊なし自壊あり(予後悪化の要因)

早期発見・早期治療(腫瘍が2cm未満で転移がない状態での手術)ができれば、生存期間を年単位で延ばすことが期待できます。

イース動物病院で大切にしている診療方針

いきなり手術を決めるのではなく、まず進行度を正確に評価します

しこりが見つかると「早く取ってほしい」と焦るお気持ちはよくわかります。しかし、すでに肺に転移がある状態で無理に大きな手術をしても、寿命を延ばすことはできず、かえって痛い思いをさせてしまうだけになります。

当院では、細胞診や画像検査で進行度を正確に評価し、手術が本当にその子のためになるのかを見極めることを重視します。

治療のメリットと負担を具体的に説明します

両側乳腺全摘出術は、再発を防ぐために最も有効ですが、広範囲の皮膚を切除する大きな手術です。創傷離開(傷が開く)、血清腫(体液が溜まる)、後肢のむくみなどの合併症リスク(約29%)も伴います 。

そのため、当院では段階的両側切除(2回に分ける手術)によるリスク軽減策をご提案するとともに、術後の痛み管理や自宅でのケアについて丁寧に説明することを大切にしています。

「積極治療」と「緩和治療」のどちらも大切な選択肢です

しこりが小さければ積極的な手術をおすすめしますが、進行している場合は緩和治療を中心にすることもあります。どちらが正しい、どちらが間違いというものではありません。大切なのは、猫の状態と飼い主様のお考えをすり合わせ、最も納得できる道を選ぶことです。

受診をおすすめするタイミング

お腹にしこりを見つけたら「すぐに」ご相談ください

猫の乳腺腫瘍は進行が非常に早いため、「そのうち小さくなるかも」と様子を見るのは大変危険です。2cm未満で手術できるかどうかが、その後の寿命を大きく左右します。

以下のような場合には、迷わず早めの受診をおすすめします。

受診をおすすめするサイン理由
お腹や胸に硬いしこりがある悪性乳腺腫瘍の可能性が非常に高いです。
しこりが急に大きくなった進行が早いサインであり、早急な検査が必要です。
しこりの表面が赤い、破れている自壊や炎症性乳腺癌の疑いがあり、痛みや感染を伴います。
呼吸が早い、元気・食欲がない肺などへの転移が疑われる危険なサインです。
他院で乳腺腫瘍と言われた追加検査や、両側全摘出などの治療方針の整理が必要です。

よくある質問

猫の乳腺腫瘍は良性のこともありますか?

犬とは異なり、猫の乳腺腫瘍の約85〜95%は悪性(がん)です。良性である可能性は非常に低いため、「しこり=悪性の可能性が高い」と考えて早急に検査を受けることが重要です。

しこりだけを小さく取る手術ではダメですか?

部分切除(しこりのみを取る手術)は、生存期間が短く(中央値216日)、再発率も高いため推奨されません。再発を防ぎ長生きを目指すには、両側乳腺全摘出術(生存期間中央値917日)が最も有効です 。

高齢猫でも両側乳腺全摘出術はできますか?

年齢だけで手術ができないとは決まりません。術前の血液検査や画像検査で全身状態や内臓機能(特に腎臓や心臓)をしっかり評価し、麻酔に耐えられると判断できれば手術は可能です。負担を減らすために、2回に分けて手術(段階的両側切除)を行うのが一般的です。

まとめ:猫の乳腺のしこりは「見つけたらすぐ受診」が鉄則です

猫の乳腺にしこりが見つかった場合、約9割が悪性(がん)であり、進行が早いという厳しい現実があります。しかし、決して絶望する病気ではありません。

しこりが2cm未満の小さな段階で発見し、転移がない状態で両側乳腺全摘出術を行えば、年単位での長期生存が期待できます。勝負の分かれ目は、「どれだけ早く見つけて、どれだけ早く適切な治療を開始できるか」にかかっています。

イース動物病院では、検査結果、年齢、全身状態、生活の質、飼い主様のご希望を踏まえ、猫にとって負担と利益のバランスが取れた最善の治療方針をご提案します。愛猫のお腹にしこりを見つけたら、怖がらずに、そして迷わずに、まずは当院へご相談ください。

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